☆ SEPTA R2線乗車日記
2001年5月31日3時頃、時間があったのでR2線北側のWarministerまで
行ってみました。この線も歴史ある線であり、Warminister以北はどうなっているか
調査に行ってみました。
- @ 概 要
- SEPTAのR2線は北のWarministerからCenter Cityを
通って、Delaware州のNewarkまで約74qの線路を持ちます(クリックすると概略図が出ます)。
しかし、北と南では歴史的背景が全く異なり、その影響かこれを直通する列車が一日に4,5本程度で
別の線にはいるか、Center City止まりです。全線走破すると約2時間。客数の配分からすると
南側の方が圧倒的に多い。そのためにダイヤが不規則になっているかもしれません。南の
Wilmington側と北のWarminister側は全く異なった会社が作っており、SEPTAが便宜上R2線として
いるようです。今回はいかにもアメリカらしい風景のあるWarminister駅付近を探索してみました。
- A では出発
- 昼の15時00分発列車番号4238を30th St. STATIONから乗車。この列車はAirport始発の
列車です。電車2両。降りる客は大きな鞄を持って出てきます。いかにも空港から
来た感じがします。結構満員でした。また、この時間頃からアメリカのラッシュが始まります。
日本ではまだまだといった感じですが、アメリカはフレックスタイムが充実しているところです。
朝早く出勤した人はだいたい午後2時半頃に切り上げるようです。4時5時が本格的に
ラッシュで急行も出る線もあります。2両でちょうどいい感じになりました。Market Eastをでると、
ほぼ満員でした。Temple UniversityとWayne Junctionの間にはNorth Broadという今のR6
線とそれ以外の分かれるため駅でありますが、かつてはメジャーな駅でした。今はR6線とR5線の一部が停まる
小さな駅になったようです。R2線はこの駅を通過し、Wayne Junctionに向かいます。
また、North BroadとWayne Junctionの間にも駅が2つほどあったようですが、これも治安上から
廃止になったようです。また、駅間距離も短かったためかもしれません。Wayne Junction駅は
2つのホームがありますが、片方が電車の床と同じ高さのホームですが、もう一つが
もう70年以上使っているようなぼろぼろのホームです。新旧のホームを見ていると、歴史がよく
わかるような気がします。
- B R7線と分かれて
- Wanye JunctionではChestnut Hill Eastに行くR7線と分かれます。さらに北上すると
R8線と分かれます。途中Fern Rock Transportation Centerで地下鉄Broad St線と接続します。
この駅は最近出来て、地下鉄との接続を便利良くしたようです。かつては2つの駅があって、
統廃合の結果出来たものです。さらに北上すると、JenkingtonでR3線と分かれます。その次の駅Glensideという
に到着しました。ここで本線と分かれます。本線はR5線です。R2線は支線となるわけです。
昔のReading CompanyではR2線がNew Hope Line、R3線がTrenton Line、R5線がMain Lineと
呼んでいたようです。
- C いよいよローカル線雰囲気
- Glensideを離れてちょっと走るととうとう単線になりました。ローカル線の雰囲気が出てきました。
しかし、この周りは結構家が建っています。しかも大きい家ばかり。途中RoslyとCrestmontの間に
列車交換場があり、そこでCenter City行きの列車と交換。Crestmontoは降りたい客がいれば
停まるという扱いで、降りる客もいなかったのでゆっくりと通過しました。SEPTAはこういう運行
の仕方をしているようです。特に客数が少ないところについては。車内の乗客は50人程度
でした。まあまあかな?
- D 終点Warministerに向かって
- 単線をごとごととゆっくり走っていくと、終点Warministerに到着です。ここでは
乗客が40人くらい降りました。駅前は約1000台の車が停められる駐車場があります。
ちょっと郊外来ると、土地があるな。降りた客はほとんど車に乗り換えました。ここはすでにPhiladelphia Countyではなく、
Buck Countyに入っております。線路はさらに北に続いています。向こうに何かと待っているようです。
下の写真で紹介しましょう。
←写真1 Warminister駅
この駅は8年前くらいに出来たので、新しい部類に入ります。他が何十年も経っているので
ちょっと迫力には欠けますが、ホームも高くなっており、最近作ったホームは全てこのスタイル
に移行するようです。停まっているのは乗ってきた電車で折り返し、空港に向かいます。この地域の
人って便利いいな。駅の下にあるボードは駐車料を入れるボックスです。昼頃、
係員がお金を取りに来ます。
←写真2 New Hope & Ivyland鉄道2198号
駅から見た物体の正体がこれでした。駅から約500m北に留置してありました。これは今は
旅客営業していないWarminister以北を管轄しているNew Hope & Ivylandのディーゼル機関車です。
土日には3本ほどNew Hopeの街へシャトルが出ているようです。この鉄道はこれより北方にある
New Hope駅付近で蒸気機関車を4〜12月に走らせているようです。そのためのシャトルのようです。
WarministerあたりをIvylandといいます。つまり、こことNew Hopeをつないでいるから
そういう名前になっております。普段は貨物列車が夜に通るようです。
←写真3 New Hopeまで続く鉄路
実はこの線はNew Jersey州を経由してNew Yorkまで延ばそうとしていました。しかし、すぐに競合会社と自社のTrenton Lineが
先に出来てしまったため、中止してしまった経緯があるようです。Delawareのほとりの街、New Hopeまでとなったようです。架線は北へ続いていましたが。
先はどうなっているのでしょうか?
←写真4 古い路線図が
中心から離れれば離れるほどこのようなものがあります。廃止線や廃駅がどうだったかわかります。こういうのは
情報源として重要です。しかし、何年ほったらかしだろうか?
←写真5 おまけです
サービスカットです。いやホームが高いとこういう風にとれるのです。果たしてどっちがいいだろうか?
アメリカって発車10分前にならないと列車に入らしてくれないのだろうか?防犯上かな?
それとも昔の伝統かな?だからこの後15分ほど待たされました。
- E では帰りましょう
- 帰りの列車は折り返しAirpor行きです。約1時間半かかります。帰りは昼にCynwydへ行った
疲れが出て、寝てしまった。気が付いたらTemple Universityについていた。寝過ぎた。5時20分頃
Suburban駅に到着した。
- F 最後に
- 廃線と思っていって見たら、中途半端な旅客営業廃止線であった。貨物としては
鉄道の機能を果たしているので、完全な廃止線ではない。しかし、ちょっと歩いてみたが、
早々に旅客営業を切ったことは正解だったかもしれない。New Yorkに行く事を夢見て
築いた鉄路だったが、それはTrentonを通る競合会社がいち早く成功を収めてしまった
事と自社のTrenton Lineが予想より早くできてしまったためである。
明治維新の頃、アメリカンドリームで鉄道を制覇したものはアメリカを征する様な時代で
敗者になってしまった鉄路であろう。今は細々とアメリカ民衆の生活を影で支えている
鉄路(貨物線)となってしまったが、このままこの状態で動き続けるだろう。
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