
☆赤線跡巡り
- @ 早稲田大学地理学研究部について
- 発足からすでに半世紀も経っているサークルです。私の父も属していて、親子2代同じサークルに
いたというわけです。人文地理・自然地理・歴史地理等色々と地理学について、探求するサークルでした。で巡検という
日帰りないし1泊の調査と合宿(4泊5日程度)という大がかりな調査の2本立てでした。私の専攻は理工学だったので、
このサークルは普段とは違う雰囲気で参加していました。先輩諸氏方並びに後輩から色々と意見を聞いて、ある地域やテーマに
沿って、町と人との関わり方などを研究調査していました。(一様、格好良く書いておこう。)で、サークル主催の巡検とは
別に、個人巡検というものをいくつか企画して、あちらこちらと歩き回りました。その中で『下町巡検』というチームみたいな
ものが自然発生的にできあがり、その中の項目の一つに『赤線跡巡り』というものがありました。今のところは、3カ所まわりました。
- A 赤線について
- 赤線とはきちんと店を構えている、いわゆる売春宿のことです。建物の作りも割と立派でちょっと値が張ったといいます。
戦後、日本の裏社会を支えた一つかもしれません。終戦直後はGHQを相手に商売をしていたようです。はっきりとして年代は
忘れましたが、東京にアジア初のオリンピック大会を実施することが決まった途端、赤線があることが国にとってダーティイメージという
判断から、「売春禁止法」が制定されました。確か昭和34年頃だったと思います。ほとんどの赤線地帯は店をたたむこととなりました。
結構、それで経済的にも一旦は悪くなったようですが、オリンピック景気に助かり、またそういう跡を再開発することになったところが多いようです。
従って、専門書を読むと、意外にもここが「赤線」だったというところが多くあります。特にGHQが進駐していたような地域は
多いですね。あと、青線という所もありました。これは値段が手頃で建物もそれほど立派で大きくなかったようです。いわゆる「ちょん間」です。これも法制定と同時に
無くなりました。赤線地帯は今はソープランドがいっぱい集まるところとなってしまいました。だいたい風俗店が集まっているところが
その跡と一致することが多いです。この調査は再開発が無く、あるいはそれほど手を加えられていない地域を中心に調査しました。
- B 各項目(概要のみで詳細は年内に)
- (1) 東京・吉原
これはあまりにも有名すぎて、風俗専門の雑誌を見れば今の店の内容がわかりますが、時代劇でも出てくるように江戸時代から
続く由緒正しい(?)ところです。ここでの町作りはあとで出てくる2カ所と共通することが歩いていてわかりました。呼び込みの
兄ちゃんを無視しながら歩くのはつらい。
(2) 東京・洲先
この名前をご存じの方はかなりご年輩と見ました。この地名は今は廃止されており、今は別の名前に変わっているはずです。
私もこれを探すとき、一体どこやねんと探しましたが、意外と下町にありました。地下鉄東西線東陽町駅の南側です。ここは
東京でも異空間です。古い車が走っていたら、本当にその年代に来た錯覚に陥ります。今はどうか知りませんが、平成7年現在では
建物がきちんと残っていました。街の構造もそのまま残っています。東京駅から15分圏内にこのような場所が残っているとは
つゆ知らずでした。
(3) 大阪・飛田新地
これは関西を代表する赤線及び青線跡。ここも異空間を放っています。時間が止まっているのではないかと思います。
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